古橋廣之進さん

 古橋さんが旅先のローマでお亡くなりになった。誠に誠に残念であります。古
 橋さんに対しては古橋先生、古橋先輩、古橋会長と呼ばなくてはならないのでしょうが、子供の頃から雑音の入る真空管のラジオで、古橋、橋爪の神宮プールの放送を聞いて育った私としては古橋さんと親しみを込めてお呼びしたいのです。

 既に新聞紙上で古橋さんの戦後の歴史に残る偉業は大きく掲載されているので、あえて書く必要はないと思いますが、1500メートル18分19秒フラットという数字は今でも頭に焼き付いています。
 古橋さんは話が実ににうまく、各方面で講演をしていますが、その話に感銘を受けた人達は多いでしょう。
 私が一番印象に残った話は、「私は選手時代は誰よりも練習をした。毎日2万メートルは泳いだ。私は左の中指を子供の頃事故で失っていたのでそのハンデーを補うためにも人の3倍練習をした。不思議なもので毎日泳ぎ続けると身体か魚のようになり、指と指の間には水掻きのようなものが出来てくる。医学的に証明は出来ないが、実際に私の手は変化し指と指の間が水掻きの様に盛り上がってきた。肩は泳ぎやすく丸くなり皮膚は水をはじく様になっていった。私はまだ無名だった鈴木大地君に魚になるまで泳げと言ったことがある。彼は魚になったのだろう、ソウルオリンピックで金メダルを取った。スポーツマンは目標を持ちその達成の為に全てを賭けて練習すれば、必ず成果は得られる。これがスポーツの公平で素晴らしい処である。国はスポーツを若者の教育に欠くことが出来ないものである事を更に認識し、教育の施策を構築して貰いたいものです。」とスポーツの大切さを力説されていた姿が目に焼き付いています。

 私は今年70歳になり古希のお祝いとして、スポーツマンクラブ古橋廣之進会長の直筆の色紙を親友三宅義信氏と共に頂いたのが6月23日のことでした。おそらく古橋会長直筆の最後の色紙ではないでしょうか。本当に貴重なものを頂いたと改めて感激している次第です。
 
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