援助の難しさ

 四川大地震、ミャンマーのサイクロンの災害、天災が襲った大被害は人ごととは思えない。アジアの隣人に何かしてあげたいとは思うのだが、私に出来ることは寄付の電話をかけることか、駅前の義援金箱に僅かな金を入れる程度だ。テレビ局、新聞社、学生ボランティアの義援活動には本当に有難いと思う。世の中には気の毒だなと思うことや、少しでも力になりたいなと思うことが沢山ある。しかしなかなその思いを巧く行動に移せないのが実状である。
 義援金を受け取る団体は幾つもあるが、私はへそ曲がりなので専従の職員がいる団体の寄付にはもう一つ気持ちが乗らないのである。貧困の子供達に送ったお金の一部が職員の給料になる、と思うと抵抗があるのである。
 私は今テレビ局が行っている、ドラえもん募金のようなシステムを常時開設していて欲しいと思っている。寄付は僅か百円程度だったと思う。そうであれば毎日でも寄付は出来る。報道される気の毒な映像に何かをしてあげたいと思っている人は沢山いるはずだ。報道各社は大変なことなのかもしれないが、これも報道各社の任務と考えお願いしたいものである。
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