王者 吉田沙保里

 今回の世界選手権は彼女にとって、今まで経験したことのないコンディションの悪い大会だっただろう。しかし、オリンピックに連覇を狙う吉田にとって大変良い経験だったとも言える。
 吉田は試合数日前まで下痢と発熱に悩まされ、体重も激減し、試合当日は見たこともない弱々しい顔だったので、栄監督に「大丈夫か」と尋ねると、「沙保里に限って心配ありません。このぐらいのことでは彼女は負けません」との頼もしい返答であった。

 試合は今まで吉田が経験したことのない苦戦の連続であったが、予選5試合を勝ち抜き、決勝は思い通りの試合を展開しての圧勝であった。
 北京に向けて敵はレスラーばかりではなく、自らの中にもあることを吉田は勿論、監督、コーチも改めて認識した世界選手権であった。

 試合後の吉田は頬はこけ、コロンビア選手の反則で痛めた指は腫れ上がり、痛々しい姿であったが、しっかりとした礼儀正しい態度で報道陣に応対していた。吉田に限らず日本女子選手の礼儀正しい謙虚な態度は、報道陣の評価も高く、本当に気持ちの良い取材が出来ると、各社口を極めており我々役員も鼻高々である。

 吉田沙保里は父勝栄氏が全てを賭けて育てた名作である。妥協を許さぬ勝栄氏の指導には、沙保里自身嫌になったり反発をしたことも度々だったろうと思うが、すばらしい選手が育ったものである。多分何時も観覧席で必死に応援しているお母さんの助力が大きかったのだろう。

 吉田、伊調姉妹、坂本日登美、浜口京子の様な選手はそう簡単には育つものではない。同じ時代に優れた才能がレスリングをしたという幸運に我がレスリング協会は恵まれたのである。この才能豊かな女子レスラーを北京までとは言わず、ロンドンオリンピックまで選手生活を続けさせ、彼女らに続く選手を育てるように、(財)レスリング協会は万難を配して行く所存である。
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