過去の戦績

 一年ほど前ある関西のレスリング関係者から、「私は今泉さんと五分の試合をしたことがありますよ」と言われたことがある。私は全く覚えていなかったので、「ああそうだったですかね」となま返事をした。五十年も前の話であるし、まして年間百試合もした時代のことであるほとんどの試合は忘れてしまっている。記憶に残っている試合でもあまり話したくない心境である。私にとって私のレスリングの試合はとっくに終わったことである。
私の周りのチャンピオンだったレスリング関係者も自分の過去の試合を好んでする人はあまりいない。アテネオリンピックの前、代表選手の合宿でかつてのゴールドメダリストに試合に臨む心構えを話して貰ったところ、高田祐司、富山英明、両氏とも負けたときの話をしたには驚いた。高田氏はロードワークの時ここで止まったら弱くなってしまうのではと思うといつまでも走り続けたと話した。 富山氏は夜中に目が覚めて不安になりユニホームに着替えて夜中の町を走ったと言っていた。
 本当に強かった選手は勝ったときの話はあまりしないようだ。東京オリンピックの52kg級ゴールドメダリストの吉田義勝氏は現在マスターズ連盟の理事長を務めているが、私を紹介する時、今泉さんは私が一度も勝ったことのない人と紹介する。ゴールドメダリストにそんなことを言われて全く恐縮するが、吉田義勝氏の人柄と自信が伺える態度と思ってありがたく頭を下げる事にしている。

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