回想録にはまだ早い

 今年の世界選手権の場で吉村祥子さんがFILAの殿堂入り表彰を受けた。回想録に掲載するには若い吉村さんに申し訳ないが、私にとっては回想録ぐらい古い話である。
 女子レスリングクラブを立ち上げた福田富昭氏を助けて代々木研修館で練習を指導していた頃、熱心に通ってきた吉村祥子は成城の中学生だったと思う。小さいけれどしっかりとした娘で、水球をやっていましたと胸を張っていたの印象的だった。フジテレビの女子プロレスのオデションを受けて、丁重に断られ、何で大きい人ばかり採用されるのか、と関係者に不満を述べたと聞いて苦笑したものである。
 その後44sで五度も世界チャンピオンになりオリンピックを目指したが、力尽きアテネオリンピックの代表の座を伊調千春に譲り無念の涙を飲んだのである。女子のレスリングの創世記に活躍した選手は全員オリンピックには出場できなかった。しかし彼女たちの築いた基礎の上に吉田沙保理、伊調馨達が育ったのである。吉村祥子に勝った山本美憂が世界チャンピオンになり、スターとなり、山本美憂に勝った吉田沙保理が無敵のチャンピオンになったのである。そうしてみると吉村祥子を回想録に書いても良いのかなと思ったりしている。
 吉村祥子は今も明るい笑顔で皆に接し、JO Cのジュニアコーチとしてレスリング協会に貢献している。殿堂入りの表彰式に両親をデマークに招待したというニュースを聞き、ご両親を存じ上げているだけに大変うれしく思った次第です。
 
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