どっちが悪いのか
 
 「このぼけ婆!」この言葉は電車の中で茶毛の若い娘が、70歳くらいの年輩のお婆さんに投げかけた言葉である。誰が聞いても、傍若無人の若い娘のひどい言葉である。しかし始めからこれに至るまでの事情を見ていた私は、必ずしも娘が悪いとは思えないのである。
 事は西武池袋線の始発電車を待っている列から始まった。件の娘は最前列に友人と並んでいた。私も三列目に並んでいたので、まず着席確保は間違いないところであった。電車もそろそろ来ると思われる頃、一人の老婆が歩いてきて最前列の隣に並んだ。次の電車を待つのだろうと気にも止めずにいたところ、電車が来るとさっさと一番先に乗り込み、着席してしまったのである。先ほどの娘はそれが許せなかったのだろう。他の席に座らず、お婆さんの前に立って、先ほどの暴言を吐いたのである。婆さんは平然と、「若い者が馬鹿なことを言うのじゃないよ。此処は優先座席だよ。年寄りが座る席なんだよ。」と知らん顔である。前の席に座った私は、何となく娘の肩を持ちたくなった。優先席であろうと、その前に整列を無視して乗り込んだ婆さんが悪いと思えるのである。とげとげしい嫌な世の中になったな、と思いながらも、私もせっかく確保した席を、人に譲る気にはなれないのである。

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