生涯スポーツとレスリング
 
 ここ数年、レスリングに対して新しい見方が生まれつつあるのを感じるようになってきました。それは生涯スポーツとレスリングの関係です。そのことについて、私が現在関係しているレスリングのクラブ組織を例に考えていきたいと思います。

 私が現在会長を務めている財団法人スポーツ会館は昭和44年、八田一朗元レスリング協会会長が社会体育の振興を目的として設立した財団法人の総合スポーツクラブです。ここでは様々なスポーツスクールを開いていますが、八田会長が設立した関係で、レスリングの大会や合宿にも度々使用されてきました。また、少年レスリングや社会人レスリングのクラブも長く続いておりました。しかしながら、少年は現在まで続いているものの、社会人クラブの方は次第に会員が減り、ここ10数年はほとんど休止状態でした。そして平成9年に、もう一度体勢を立て直して社会人向けのレスリングクラブを開設してはどうか、という提案があり、同年4月に週3回の社会人向けレスリングクラブを開設しました。

 最初の半年は会員も10名弱で、特に日曜日の練習などは会員0名という状態が続きました。実際、開設前には、本当に会員が集まるんだろうか、と非常に心配しておりました。レスリングは非常にマイナースポーツで、しかも我々レスリングをやり込んだ人間からするとチャンピオンスポーツであり、厳しい競技特性からしても素人や年輩の方が生涯スポーツとして練習するには非常にきついのではないか。そんなイメージがありましたので、会員制のクラブで一体どのくらいの人が集まるのか、という懸念があったわけです。

 ところが、ホームページを開設したり、雑誌などに広告を出したり、口コミで広まるなどして、徐々に会員が増加し、現在では会員も40名を越え、年齢層も高校生から50歳過ぎの社会人まで、実に様々な人々が練習に通っています。その目的というのもまた様々でして、格闘技をしたことはないが一度してみたかった、昔から体が弱かったので体力増進を図りたい、プロレス大好き人間がアマレスに挑戦してきた、昔、高校・大学で活躍したが何年か振りにまた練習がしたくなった、最近流行の総合格闘技でチャンピオンになりたいが、そのために是非、レスリングの技術を学びたい、などなど、本当に色んな人がいるのだと感心しました。

 一つ意外だったのは、30歳代の人が多いということです。それも昔やっていたというのではなく、全くのド素人から始めるのです。聞いてみると、とにかくやってみたかったのだが、練習する場所もないし、チャンピオンスポーツのイメージがあるから、素人が行くのも何となく気が引ける、そんなこんなで30歳を過ぎてしまったが、最近の格闘技ブームとそこでのレスリング出身者の活躍に刺激されて、一念発起したという人が結構いるわけです。このことを見ると潜在的なレスリング人口というのは予想よりかなり多いようです。そして下手な大学生よりよほど熱心に練習をする。とにかく今まで全然触れたことのないスポーツですから、練習が苦しくても楽しくてしようがない。大学生などは、散々「やらされてきて」、挙げ句大学でも「やめられない」という気持ちで続けている者が全てとは言いませんが、結構います。それと比べると、こちらの方が遙かに健全ではないか、そんな風にも思えてくることもあります。そもそも社会人ですから、社会経験も豊富で自分の考えがしっかりしており、自分のペースを守って、自分の考えで練習する。そして、あまり強制されることもないから時にとん でもない技を編み出したりもする。それは素人考えの浅はかさもありますが、そういう考え方もあるか、と思わず唸ることもあります。この個人の意思と自由さがクラブチームの良いところと思います。

 もう一つクラブチームの良いところに、上下関係というのがあまり無い、ということがあると思います。学校の部活というのは、基本的に「勝つ」という明確な目的がありますから、その集団は「クラブ」というより「チーム」なんです。そこでは娯楽性は排除され、その本質はまさに「WRESTLE」つまり戦闘集団になります。そうなれば、どうしてもある程度厳格な組織秩序が必要になり、特に学校の場合はそれが年齢的な上下関係という形で現れます。一方「クラブ」においては、会員は30歳の人も中学生も同じ立場で入会します。そして素人の人もいれば、かなりやり込んで来た人もいます。直接的な入会動機はみんなバラバラで、動機よりも、みんな好きで集まってきた、そして技術を体得することに喜びを感じるということが重要になり、その本質は「PLAY」としての感覚です。このような中では、勿論年齢差による常識的な礼儀はありますが、極端な上下関係というのは無意味でして、むしろ仲間意識ということが重要になってきます。手前味噌ですが、今のところ、当クラブではその点が非常にうまくいっています。高校・大学で活躍し、現在当クラブで練習している会員がしみじみと「こう いう風に楽しんで練習出来るってのがいいですよねえ」と言っていましたが、こう言って貰えることが、生涯スポーツの神髄だなあと、そしてレスリングでもそれは十分に可能なんだなあとつくづく痛感させられました。

 日本レスリング協会・笹原正三会長は御年70歳を越えていると思いますが、いまだに練習は欠かしていないそうです。そしてこれが強い。まさかと思われるかもしれないが、最近某大学の学生が噂を聞いて挑戦しに行ったところ、見事返り討ちにあってしまいました。そこらの学生にはいまだ負けない、その気力と体力には恐れ入りますが、会長のレスリングの取り組み方には、実は生涯スポーツへの重要なヒントが隠されています。なにも会長は大会に出るわけでもなく、ただ、自分の設定した目的に添って練習を続けているのです。その目的が何なのか、私には分かりませんが、問題は目的が何かではなく、自分に合ったやり方で続けていく、そしてそのことが自分の人生に色々な形でプラスに反映していくという事です。勝つということに追い回されるのではなく、レスリングの活動そのものを自分の目標にする。笹原会長の練習を見ているとその意味について考えさせられます。チャンピオンスポーツだけがレスリングなのか、一番強い者だけを追い求めるのがレスリングなのか。

 これまでのレスリング界を振り返りますと、やはり強化という視点が強かったように思います。勿論、マイナースポーツ故、勝たなければ注目されないという悲しい運命にあるレスリングはチャンピオンスポーツとして発展し、強化無くしては普及はあり得ませんでした。さらに、凋落の一途をたどる現在の日本レスリング界においては生涯スポーツなどと悠長なことは言っていられないかもしれません。しかし、一歩下がって全く違う視点からレスリングを見直さなければいけないときが来たのでは、そうも思います。日本レスリングの普及という観点からいっても、決して看過されるべき問題ではありません。

 ここ数年、社会人連盟では、段別大会を開催しています。これは、基本的に経験の浅い者が参加できる大会として徐々に定着しているようです。さらに、マスターズの国体が開催されるという話も聞きました。つまり40歳以上の者がレスリング競技を競うというのです。必ずしも最強を求めるのではなく、その年齢、あるいはレベルにあった大会を提供することで、あらゆる層のレスリング愛好者が試合を「PLAY」する事が出来るようになってきました。このような傾向を見てみますと、こういうことは私だけが考えているんではないのだ、と感じてきます。実は生涯スポーツとしてのレスリングに本当のアマチュアリズムがあるんじゃないのでしょうか。

 これからはレスリングも色々な層から色々な目的を持って愛好される時代になってきます。「WRESTLE」一辺倒ではなく、「PLAY」という、社会体育・生涯スポーツにおけるレスリングの発展も目指して活動していきたいものです。皆様もこの提言を少しでもご理解いただけましたら幸いです。

(平成12年スポーツ会館レスリングクラブホームページ掲載)

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